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法隆寺斑鳩三寺参り

帰路、ガソリン補給で法隆寺ICを出る、久しぶりに法起寺へ。

法隆寺東院伽藍近くの駐車場から、テクテク、「法輪寺」が現れてきました。
国宝三重塔は1944年焼失、1975年西岡常一棟梁のもと、完全復元再建。
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「法起寺」への斑鳩の道、秋桜(コスモス)? こんなに早く咲くんかい。
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法起寺、最古の三重塔(国宝、706年建立)。
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午前中に入門、何とか池に咲き始めたハス、花が開いてます。
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1975年、解体修理完成。
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引き返し、クラウドファンディングの法隆寺も撮ろう。
「東大門」(国宝)から西大門方向(左・築地塀(重文)、右・法隆寺西院伽藍)。
初夏のそよ風に飛鳥の匂いが・・・・・・。
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「中門」と左奥に「五重塔」。門前の大石は?
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さすが法隆寺、クラウドファンディング、瞬時に目標達成です。
特等レベルの文化保存を思う気持ちは健在ですね。

# by 6737point | 2022-06-21 10:49 | 風景(関西) | Comments(0)

九州撮影の旅Ⅷ(菅生摩崖仏・犬飼港・臼杵石仏)

「道の駅みえ」で猛烈な雨音に一夜を耐え抜き、「菅生摩崖仏」に5分でとうちゃこ。

これほど急峻な石段は、カンボジアのプノン・バケン以来。こちらは格段に段数が多い。昨夜の雨、苔で手すりが無ければ登段不可能。
(絶対に転げ落ちた人がいるはずだ。)
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実は横の迂回路を利用したけど、こちらも相当な急坂で滑った。ロープが無ければお堂まで来れない。
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平安時代末期の作、摩崖仏が5体(写真は4体、重用文化財)が阿蘇溶結凝灰岩の岩壁に彫刻されています。
5体の像の並び方が熊野三山と同じで、熊野信仰が当地まで伝わっていた証です。
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千手観音、この摩崖仏は42本の手があるそうです。
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五体の中で最も複雑な彫刻
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薬師如来
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阿弥陀如来
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十一面観音、その右には毘沙門天、未完のような気もしますが。
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これほど上質な彫刻が生み出されるには、仏師の高い技術が必要、摩崖仏の彩色も見事に残っています。
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豊後武士団「大神一族」の存在が大きいということです。
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道の駅で見つけた案内書のお陰で、素晴らしい仏に出会いました。中国の雲崗、龍門石窟まで行かんでもいいかも。
僕の他には誰もいないのが、もったいない。


大野川河口から30キロの地点の犬飼港(いぬかいみなと)跡。1656年、岡藩主により岡城への交通の拠点として整備。
船着き場には阿蘇溶結凝灰岩が敷き詰められています。
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数10m下流、大野川と芝北川の合流地点には殿様専用の船着き場跡。参勤交代も船で大阪まで。犬飼の町は
大変な賑わいだったようです。
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いよいよ今回の旅、最後の撮影地「臼杵石仏」です。
摩崖仏の規模は全国屈指、全4群61躯で構成され、現在はすべて国宝です。
ホキ石仏第二群・阿弥陀三尊像(平安後期)、見事な彫刻技術です。
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ホキ石仏第一群・地蔵十王像(鎌倉期)、光背の唐草紋、彩色がよく残っています。
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山王山石仏(平安後期)、童顔で有名、故安井曾太郎画伯が絶賛。
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古薗石仏(平安後期)、大日如来像は臼杵石仏のフラッグシップ。
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1993年、大論争の末、それまで仏体下に安置されていた仏頭が元の位置に復位されました。
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実に人間的なお顔ですね。あなたの近くにもこんな顔立ちの御仁が・・・・・・。
さあ、別府温泉で疲れを癒し、フェリーに乗り込もう。アドレナリン出っぱなしの旅でした。

# by 6737point | 2022-06-18 00:43 | 風景(西日本) | Comments(0)

九州撮影の旅Ⅶ(岡城「荒城の月」・原尻の滝)

「岡城」9時開門の頃には、九州6日目で初めての雨。まあ城跡なのでしっとりして良いかも。

竹田市内にある標高325mの山城、「岡城址」。江戸時代、外様の岡藩(竹田藩7万石)は中川氏が13代に亘り藩主。
城域は東西2.5km、南北0.362km、総面積23万4千㎡は、天空の城で有名な竹田城址の18万473㎡を凌ぐ。

入場料300円を支払い、いざ登城。右「かまぼこ石垣」。
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城郭の主たる入場門、大手門、実に立派です。
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三の丸跡から谷越えに、埋門跡方向を望む。
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ズームアップすると見事な石垣が見えてきます。
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三の丸跡、「荒城の月」横矢掛りの石垣ですが・・・・・。
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石垣の雑草生え過ぎ、もう少し刈っておいてほしかった。
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二の丸跡、「荒城の月」を作曲した「滝廉太郎」像。(雨にも拘わらず背後には「くじゅう連山大船山系」が望めました。)
彼は小学生の頃、岡城が遊び場、23歳で夭逝した天才作曲家。
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三の丸跡への入場門、太鼓櫓跡、左は鐘櫓跡。
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いざ本丸跡へ。
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本丸跡は、こじんまりした社のみでした。
雨は激しさを増す、全城域の攻略ならず退却です。



ランチ、道の駅へ入ると裏には「「原尻の滝」(幅120m、高さ20m、日本の滝百選)。滝との遭遇多すぎ。
雨の中、滝壺へ降りる。この滝の水量も最大時の2割か。
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滝の上はコンクリの道路、立派な鳥居まであります。
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滝は、ポットホールができた溶結凝灰岩の間を流れ落ちていきます。下流には吊り橋が見える。
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驚いたことに滝を形作っている岩は、大きな一枚岩だそうです。9万年前の阿蘇火山大噴火の爪跡です。
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雨は止む気配なし、早目に「菅生摩崖仏」に一番近い道の駅へ入ろう。

# by 6737point | 2022-06-16 22:21 | 風景(西日本) | Comments(0)